ユーザー画像

最近の記事

Powered by Blogzine[ブログ人]

OCN 検索

最近のトラックバック

早稲田実業

この夏の西東京大会を制したのは、早稲田実業高校。

その和泉監督は、僕と同世代の監督だ。

 高校の現役時代、公式戦と練習試合を含め、3度対戦させていただいた。

1勝2敗だった。当時は、早稲田実業は、東東京の大会に出ていた。

毎年、夏の大会前に、定期戦を組ませていただいた。

高校2年の夏は、西東京代表が、日大二高、東東京代表が、早稲田実業高校だった。

和泉監督は、調布シニアから、早稲田実業(キャプテン)、早稲田大学で野球をされていた。

 捕手出身の、監督である。

東京の中では、捕手出身の監督で、優勝を狙う学校としては、希有の存在かもしれない。

 この夏の西東京決勝日大鶴ヶ丘戦などは、和泉監督の独自の配球考(論)が、早実のバッテリーに浸透して、打線を封じたようにも思える。

 和泉監督の西東京大会、優勝直後のコメントを聞き、この夏の甲子園大会にも、とてもいいイメージをもって、甲子園入りされるようだ。

早稲田実業高校が甲子園で、どれだけチームが成長・進化するのか。

さらなる可能性を秘めたチームであることに違いない。

甲子園で、またどんな戦い・采配を見せてくれるか、楽しみだ。

無名の青年監督

Img07

青春時代の一瞬、強烈に自身の脳裏に、まるで映画のスクリーンのように刻まれたシーンがある。 

少し肌寒い、秋の神宮第二球場 第一試合。

甲子園の常連の強豪・日大一高と、春夏通じて、まだ一度も甲子園に出場したことのない帝京高校との、秋の本大会一回戦の屈指の好カードがはじまる。

 試合前のノックから、両校の緊迫した雰囲気が、バックネットから観戦していた自分のところまでビンビンと伝わってくる。

 帝京高校は青年前田三夫監督。

まだ春夏を通じて一度も、甲子園に帝京高校を導いたこといはない。

試合前のノックは、合宿練習を思い浮かべる、まるでケンカノック、鋭い打球を放つ。

まだ一人の、無名の青年監督にすぎない。

だが、全身から情熱が、ほとばしる。

この若き無名の青年監督を目の当たりにして

「帝京は、強くなる」とバックネット裏で観戦しながら予感する。

一方の、日大一高は、甲子園夏4季連続出場を成し遂げた強豪名門校だ。

それも夏4季連続甲子園出場は、東京一代表枠時代の記録だ。

一回戦だが、勝ったほうが、選抜出場を決めるかのような緊迫した、一戦だった。

前年の夏は、5-1で、日大一高が勝ち、この夏は、帝京が12-6で打ち勝っている。

両校の試合前の挨拶から,試合に賭ける気迫がすさまじく、

緊迫感が漂い、何か殺気立っていた感がある。

試合は、一高の右の好投手と帝京高校の同じく右腕の好投手、両エースの投げあいになった。

 両校のエースともに、制球力がある。

帝京高校のエースは、小刻みでテンポとリズムがあるピッチング。

一高打線を寄せつけない。

 時折、利き腕で、グラブをポンとたたき、間合いをとる。

気持ちを切りかえ、打者に向かっていく。

 帝京高校は、序盤は、塁へでても、バントでは決して送らず、足技をからめて、揺さぶりをかけるチームだ。

 徹して、強気、強攻の帝京。

両エースの投げあい、両校の緊迫して引き締まった守りと攻め。

 試合は、最後まで緊迫した試合になり、ほんの僅差で、帝京が逃げ切った試合だった。

しかし、この一戦一勝が、帝京の新たな時代のスタートの幕開けとなる。

 日大一高戦を僅差で破り、勢いに乗り、決勝まですすみ、明年春、春夏通じて初めて甲子園出場を果たすことになる。

 甲子園の常連の名門校と、新興勢力校との忘れられない一戦だった。

春の選抜初出場し、無名だった帝京高校・前田三夫監督は、さらに常勝軍団をつくりあげていく。

そして、21世紀

 あの情熱は、今も変わらない。

 

【野球に学んだ大切なこと】

 無名な青年監督の情熱。

 はじめは、誰も無名だった。

 ~あの情熱は、ありますか~

PS. 『野球小僧~高校野球小僧2009夏号』に、帝京高校 前田三夫監督と

日大三高の小倉全由監督のインタビューが掲載されています。どちらも、胸が熱くなる

指導者としてのインタビューとなっています。是非、一読ください。

 僕は、日大二高の田中吉樹監督にも、お二人の監督と同じ熱い心の鼓動を感じています。だから、現体制を、全身全霊・全力で応援しています。

『新しき時代のチームを創るのは、青年監督の熱と力である』この言葉を、信じています。

対日大三高<傾向>

日大三高の野球を一言で言えば

「相手に、1点もやらずに、10点をもぎ取る野球」

伝統の「守りの三高」に、小倉監督が就任されてから、破壊力のある打撃が加わった。

(秋のチームは、不十分であったとしても、2週間ほどの、冬の合宿を経験した選手たちは、春は、大きく力をつけてくる)

◆ 三高の戦い方は、オーソドックスで、想定外の攻撃はすくない。

打撃では、ポップフライが、多い傾向あり(打撃練習から、大きく飛ばす練習の反動か)

選手は、1試合固定化の傾向があり、控えの選手枠は、投手交代くらいしか使わない傾向がある。

そのため、相手選手の情報・傾向が掴みやすい。

エース番号をつける投手が、大会ごとに安定していない。

 試合前、試合中も、鍛えられた雰囲気で、ピリピリと固い感じがある。

 逆に、自チームは、ベンチワークも含め、明るい盛り上がりが、必要だ。

ベンチもスタンドもは、一球一球、三高より、圧倒的な明るさ、元気のよさが大事だ。

相手が、一点やらないと投げてくるのだから、こちらは、とにかく前半、得点を重ねたい。

前半戦は、得点を加え、相手に守りのリズムを、とにかく崩すこと。

投手陣は、最小失点に押さえ、万が一、1点取られても、ビックイニングは作らせない。

スコアー的には、この夏の日大三対早実 2対6が理想である。

5以上もぎ取り、最小失点で迎えるの野球。

【対日大三高の戦い方】

三高の「0対10で勝つ」に対して、 二高は「5対0」で勝つ野球。

ベンチも、選手も、超意識的に明るく、とにかく、元気に戦う。(試合前の円陣も特に大事)

二高は、優勝したときは、指1本、(早実や駒大苫小牧など)を天に突き出すのではなく、二高らしく、Vサイン(2本指)を天高く、突き上げたらどうだろうか。

Vサインは、二高のV(2))、Victory(勝利)のVであり、ビジョン展望のVでもある。

先輩達は、三高を乗り越えて、すべて甲子園行きを決めてきた。

「君達にもできるんだ」

対早稲田実業〈傾向〉

早稲田実業は、捕手出身の監督ということもあり、

バッテリー中心のチームを作ってくる。

戦い方は、オーソドックスで、想定外の作戦は、ほとんどない。

 バッテリーで、守りのリズムを作り、早めに得点をとり、加点し、それを守りきる。

1点取るまでは、手堅い作戦を、特にとる傾向がある。

 試合の前半は、あまり動かず、逆に、試合の終盤は、代打、代走と、様々仕掛けてくる。

全国優勝後は、かつての勝負に対する執念、ひたむきさをあまり感じない。

ならば、自チームは、

より手堅い野球+想定外の攻撃で5点以上取る野球。

守りでは1点もやらないという、左右投手陣の踏ん張りに勝機がある。

【対早稲田実業の戦い方】

バッテリー中心で、オーソドックスな戦法をとる。

自チームも、投手陣が相手の攻撃を封じて、より、手堅い野球プラス想定外の攻撃に勝機あり。

対帝京高校<傾向>

 帝京高校の戦い方の特徴は

・序盤は、塁に出ても、バントハせず、盗塁・ヒットエンドランなど、を仕掛けてくる

・想定外の攻撃で、前半戦はとくに揺さぶりをかけてくる。

・終盤は、逆に、バント・スクイズでなど、手堅い戦術をとってくる。

・近年 盗塁の数が、多い( 3盗もあり・ダブルスチールあり)

毎年、好投手を輩出してくる。

その帝京高校の攻略法の糸口は、前半の揺さぶりのある攻撃に対して

傾向どうりと、「よし、来たな!」と慌てず対処していく。

 逆に、自チームは、帝京高校以上に、揺さぶりのある想定外の攻撃をしかけていく。

相手の攻撃は、左右の軟投派の投手に、毎年てこずっている。

 左右の軟投派を、見せていくことが効果が高いと今までの傾向がある。

力で来る、帝京高校の野球を、真正面からぶつからず、投手陣が、言葉は悪いが、のらりくらり、かわしながら、相手のリズムを崩す。

塁出られても、粘りの守りの、残塁の山を作らせる。

 5点以上取り、相手を2点以内に押さえていく試合展開になるのではないか。

【帝京高校の戦い方】

 左右の軟投派の粘りのある投球で、残塁の山を築かせる。

想定外の攻撃で、相手守備陣のリズムを崩す試合展開に勝機あり。

対創価高校<傾向>

昨年、夏の甲子園に出場した創価高校。

特徴は「まず守りから、リズムをつくり、そして攻撃へとつなげるチーム」

 逆に言えば、創価高校との対戦では、初回から4回までに、とにかく、相手の守りを崩すこと、守りのリズムを作らせないことが大事であると考えます。

 毎年、突出した投手ではなく、粘りある投球で、バックが守りきるスタイルなので、早く、そのリズムを崩す。

それが、相手の攻撃陣のリズムまでに、影響するように攻撃を仕掛けていきます。

 毎年、学年の若い選手の台頭があり、怖いもの知らずで活躍する反面、経験のなさからでてくるプレーもあります。

若い選手を、勢いに乗せないことも必要です。

【対 創価高校の戦い方】

「守りから、リズムをつくっていくチーム」なので、そのリズム早めにを崩すこと。

三高の野球

春季高校野球、日大三高対創価高校の、昨夏の同一カードが、市営立川球場で行われた。

 「守りからリズムを創る野球」をかかげる、創価高の青年片桐監督。

 「欲張りですが、10対0が理想な試合です」をかかげる、日大三の名将小倉監督。

 昨夏は、越えられなかった壁を、創価高校が乗り越えた。

 創価高校は、昨夏の主軸、甲子園経験の打者も残る。

結果は、10対3 で、日大三高の 8回コールド勝ち。

日大三高校の野球の強さのひとつに、小倉監督が選手に、かかげる理想的な試合のイメージ(ビジョン)あると思う。

全体的には、僅差の得点の試合が、非常にすくない。

良くも悪くも、イメージのような試合運びになっていく。

 日大三の理想な試合のイメージに、選手が練習に励み応え、理想に近づける野球

 ◆打線は、常に10点以上を目指す。

 ◆ 投手は 0点に抑える

毎年、年代が変わっても、この小倉監督のイメージに近づけた、試合を日大三の選手は、追いかけているように思う。

結果として、僅差の試合も当然ある。

しかし、日大三高の目標とする試合のイメージ(ビジョン)は、常に失われていないように思う。

2001年の夏には、全国の頂点に立ち、その野球を証明して見せた。

投手は予選では、1点も得点を与えない投球術。(予選は決勝のみ、失点)

打線では、集中打で、

 予選は、10点以上の差をつける試合。

甲子園では、5点以上の差をつける試合。

 この夏は、創価高校をはじめ、他のチームが

「10対0の試合」を理想の試合に掲げるチームに、どう挑むか。

夏にむかっての、戦いが、始まった。

 【伝統校に学ぶ大切なこと】

自分たちの理想な試合は、何なのか。

自分達らしい野球で、強豪に挑む。

その向こうに、甲子園がある。

がばい旋風

「甲子園の外野スタンドにおる」

2007年8月22日。

第89回全国高等学校学校選手権大会決勝 広陵対佐賀北の対戦。

佐賀の神埼高ー駒沢大(経由?)-明治大の友人の携帯に電話する。

彼の奥さんは、佐賀商の出身だ。

 佐賀県出身の彼を思い出し、思わず電話を入れた。

でも、まさか、甲子園の外野スタンドにいるとは思わなかった。

 「思わず、甲子園に来てしもうた。試合終わったら、電話するけん・・」

電話がきれた

 彼が、甲子園の外野スタンドにいるとなると、この決勝は、ただでは終わらないと予感する。

広陵高の野村投手は、7回までほぼ完璧なピッチング。

 ただし、調子が良すぎる。

投げ急ぐ、はやる気持ちがベンチ前の投球練習から、伝わってくる。

13年前の第76回大会のまさかの逆転劇、樟南対佐賀商の試合展開を思わせる。

 「調子が良すぎる時にある、落とし穴」

それは、勝ちを意識しすぎた

<投げ急ぎ>だ。

 8回の裏、いくつかの無意味なボールをなげる広陵・野村投手。

満塁からの佐賀北・副島選手の一打は、友人のいる外野スタンドに飛び込んでいった。

がばい旋風、逆転満塁ホームラン、全国制覇 佐賀北高。

 百崎監督は、友人の神埼高校で、春夏連続で甲子園を出場に導いたこともある。

母校佐賀北に赴任したとき、百崎監督を意識して入学してきた子どもが今年の3年生。
新任のときみんなと二つの約束した。

1.野球日誌をつけること

(自分を見つめる機会をつくる。先生自身もう15年間つけている。なるべく具体的に、固有名詞を入れて書く。そうすれば15年前のことも見事に蘇る)

2.履物をちゃんとそろえる

けじめをつける。一つの事がちゃんと出来ればなんでも出来る)

 甲子園での勝ち方は、「今も昔も変わっていないな」と思った瞬間でもあった。

 【野球に学んだ大切なこと】

勝利には、予感がある

 ~ツキはありますか~

横浜高校 渡辺監督

 「先輩、信じられないですよ・・・」

と大学野球部の1学年下の後輩が話かけてくる。

彼は、神奈川の名門 横浜高校出身。

後輩といっても、彼は2年浪人しているので、年齢は、ひとつ上。

先輩・後輩を超えた、野球を通じてできた生涯の親友のひとりだ。

 「なにが?」と聞くと

彼は「大学の同期の野球部員が、高校時代の母校の監督の悪口や批判を言うのが、僕には信じられないんですよ」というのだ。

 「ほう・・・」と僕がいうと、

「だって、僕には、お世話になった監督さんの悪口や文句なんか言う奴、絶対信じられませんよ」

彼の紹介で、一度 横浜高野球部の渡辺監督に、横浜高校グランドでお会いさせていただいたことがある。

当時の部長から、横浜高校の野球部についてじっくりお話を聞くこともできた。

また、彼は、ここが、選手の合宿所なんですといって、宿舎と記念展示の場所を案内してくれた。

そこには、春夏の甲子園大会優勝の記念展示があった。

 後輩の彼は、高校3年生の夏予選まで、ベンチに入っていたという。

神奈川大会地区予選、決勝で横浜商業を下し、優勝そして甲子園大会へ。

甲子園のメンバーには、多数の1年生が入り、彼はベンチ入りから外れた。

アルプススタンドからの応援となる。

本来なら、監督に対して、少なからず、文句や愚痴のひとつは、吐き出したいところでもある。

しかし、彼には、そんな気配は微塵もない。

「監督さん が、追浜?(おっぱま)球場の合宿の選抜メンバーに入れてくれたんです」

「春大会は、○○番の背番号をくれたんです」

「監督さんが・・・」など、感謝の言葉が尽きず、感謝の言葉しか出てこない。

 彼だけが、そうなのか、チーム全体がそうなのか、そこまで確認しなかった。

ただ、卒業されプロ野球でも活躍する横浜校OBの選手たちの言動を見ても、

 後輩の彼が言っていたように、監督への無限の信頼、監督との間に、とてつもない信頼関係があると強く感じた。

 レッドソックス松坂投手の年代、奇跡の連続優勝などは、この目には見えない、監督と選手のとてつもない信頼関係の積み重ね力が、原動力になっていたのではないか。

渡辺監督は、今の選手が求めるものに心を砕き、30年間に4回、指導方針を大きく変えた(進化させた)という。

選手の心を、つかんで離さない 神奈川横浜高校 野球部・渡辺監督は、まさしく常勝の名将である。

 

【野球に学んだ大切なこと19】」

監督と選手の信頼関係が根本

リーダーとメンバーの強い絆

 これを壊すの者は、もはや味方ではない

 ~敵になっては、いませんか~